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  • 〒377-0102
    群馬県渋川市 伊香保町伊香保396-1
    電話 0279-72-2123
    Fax 0279-72-2874

群馬県 伊香保温泉 旅館 ふくぜん トップページ  > 伊香保の歴史

伊香保温泉の始まり

伊香保温泉は標高700メートルの榛名山の中腹に位置しています。榛名山の火山活動より湧き出したとされる温泉は、古くは垂仁天皇(第11代紀元前29年~紀元後70年)の時代に開かれたとも、行基(668年~749年)によって発見されたとも言われています。
伊香保という名前は『万葉集』や『古今和歌集』の歌の中にもあらわれ、万葉の時代に開かれたとされる社寺も点在しています。

上毛野(かみつけぬ) 伊香保の沼に 植え子水葱(こなぎ)
かく恋ひむとや  種求めけん『万葉集』より

温泉が記録にあらわれるのは南北朝時代(1300年代)に編纂された『神道集』からで、「伊香保大明神事」に、温泉が湧き出した経緯についての記載があります。少なくともこの時代には温泉が湧き出しており、それが広く知られていたようです。

温泉地としての発展

室町時代には連歌師の宗祇が「千明(ちぎら)仁泉亭」に泊まったという記録(1502年)があり、

同じき国に伊香保といふ名所の湯あり。
中風の為によしなど聞きて宗祇は其方に趣きてふたかたけなりぬ。
『宗祇終焉記』

という記録が残っています。すでにこの頃には中風に効く温泉として有名であったようです。

さらに戦国時代になると、武田家などが負傷者を癒すための保養地として利用されるようになり、のちの伊香保温泉のシンボルとなる石段温泉街の原型が作られました。

 その後、郷士に計画的な温泉集落が形成され、約定などを整えながら、その後の一大温泉街としての基礎が築かれて行きました。山上から湧き出す源泉を木製の導管で引き、たくさんの浴場に分湯する伊香保独自のシステムは「小間口制度」と呼ばれ、代々土豪たちに引き継がれてきました。

 江戸時代には湯治場として湯客も増加し、平和な社会の中で庶民文化も興隆しました。俳人、文人が多く訪れ、俳句、紀行文漢詩、短歌など多くの作品が残されています。当時は「子宝の湯」として知られ、多くの婦人客でにぎわったといわれています。
ここは上州伊香保の湯、むかいは小野子、子持山、子のない方はござらんせ
また、坂東の16番札所となった水沢寺や榛名神社詣でを兼ねた巡礼客が数多く訪れるようになりました。
>観光案内 水沢寺、榛名神社へ

近代の伊香保~文化人が愛した保養地

徳冨蘆花

近代に入るとさらに多くの文人、文化人が訪れるようになりました。その中でも、最も伊香保を愛し、作品に取り上げたのがまずあげたの徳冨蘆花です。伊香保を舞台にした名「不如帰(ほととぎす)」は

 「上州(じょうしゅう)伊香保千明(いかほちぎら)の三階の障子(しょうじ)
 開きて、夕景色(ゆうげしき)をながむる婦人。年は十八九。」

という書き出しで始まります。「国民新聞」に掲載され、尾崎紅葉の「金色夜叉」と並んで評判を呼びました。
 蘆花は熊本生まれですが、新婚5年目の記念旅行に伊香保を訪れ、「湯良し、宿良し、眺望良し。私はすっかり伊香保に惚れた」「何かと云えば、私共の心はすぐ伊香保へ向かいます」と書き残しています。
 蘆花は実生活でいろいろな病気に悩まされますが、健康を害する度に家族と伊香保で静養し復活しています。そして伊香保で永遠の眠りにつきました。蘆花が滞在していた千明仁泉亭の別荘は「徳冨蘆花記念文学館」に移築され、現在も蘆花が滞在したころの趣を見学することができます。
>観光案内 徳冨蘆花記念文学館へ

田山花袋

もう一人、忘れてはいけないのが、田山花袋です。田山花袋は「田舎教師」や「布団」など、のどかな自然主義文学と呼ばれる作品を残しており、伊香保温泉組合取締所から発行された「伊香保温泉誌」に文を書いています。伊香保に関しては「私は東京に近く、好い温泉を聞かれた時、一番先に、先ず箱根と答えた。次に塩原と答えた。そしてその次に伊香保と答えた。」と述べ、好きな温泉地としてその名をあげています。

その他の文人・文化人

また詩人の萩原朔太郎も群馬県出身で、「月に吠える」、「帰郷」などがよく知られています。

伊香保温泉の常客になったのは田山花袋や萩原朔太郎だけではありません。社会主義者として知られている木下尚江、「土」を残した長塚隆、明治時代の講釈師で鳴らした三遊亭円朝、国語辞典「大言海」の編者の大槻文彦、また竹久夢二、芥川龍之介、島崎藤村、与謝野晶子、寺田寅彦、斎藤茂吉、若山牧水、夏目漱石など枚挙にいとまがありません。

石段に刻まれた与謝野晶子の詩

「伊香保の街」大正4年 与謝野晶子

榛名山の一角に、段また段を成して、

 羅馬時代の野外劇場の如く、

 斜めに刻み附けられた 桟敷形の伊香保の街、

 屋根の上に屋根、部屋の上に部屋、

 すべてが温泉宿である、そして榛の若葉の光が

 柔かい緑で 街全體を濡らしてゐる。

 街を縦に貫く本道は 雑多の店に縁どられて、

 長い長い石の階段を作り、伊香保神社の前にまで、

 Hの字を無数に積み上げて、

 殊更に建築家と繪師とを喜ばせる。

伊香保みやげ

石段に刻まれた与謝野晶子の詩

大正8年に発行され全国に市販された
「伊香保みやげ」は、
41名の著名な文学者や画家などの文章を集めた伊香保案内記のようなものです。
執筆者の豪華さを見ると、伊香保が当時いかに文人や名士にとって魅力ある土地だったかが推測できます。

 

伊香保みやげの執筆者一覧

幸田露伴、岩野泡鳴、谷崎潤一郎、上司小剣、芥川龍之介、徳田秋声、馬場孤蝶、前田夕暮、田山花袋、笹川臨風、長田幹彦、大町桂月、藤森成吉、長谷川時雨、青柳有美、沖野岩三郎、近松秋江、金子薫園、小山内薫、佐藤緑陽、小寺菊子、飯塚啓、有島生馬、岡本一平、山村慕鳥、尾上紫舟、長瀬春風、萩原朔太郎、木下尚江、遠藤清子、永代静雄、谷崎精二、正宗白鳥、島崎藤村、水野葉舟、西村渚山、生方敏郎、松崎天民、昇曙夢、田中阿歌麿、伊藤英子、遅塚麗水、花園緑人

竹久夢二と伊香保

竹久夢二と伊香保

竹久夢二と伊香保の出会いは、とても面白いものでした。それはある少女からのファンレターから始まりました。

 「夢二先生は伊香保にいらっしゃったことがおありでしょう。私は、お姿を見て声をおかけ したかったのですが気が引けて言えませんでした」。

結局これは少女の思い込みに過ぎなかったのですが、夢二は手紙を喜び、少女へ丁寧に返書を送っています。

竹久夢二と伊香保

 「愛らしいお手紙うれしくうれしく拝見しました。イカホとやらでお逢ひになったのは私で ありません。それが私であったろうならと心惜しく思はれます。お逢いする日があったら その日を楽しみませう。さらば春の花の世をすごさせたまへ」

 夢二がはじめて伊香保を訪れたのはそれから8年後の大正8年のことです。それ以来、夢二は伊香保を大層気に入り、やがて榛名湖のほとりに住居兼アトリエを建て、そこを美術学校にしようと志しました。しかし、思い半ばにして病に倒れ、この世を去ることになりました。
>観光案内 竹久夢二伊香保記念館へ

近代以降の伊香保

明治以降、温泉の泉質や効能に関する研究が進み、西洋医学に立脚した温泉の利用法が付録普及されるようになりました。

 「夢二先生は伊香保にいらっしゃったことがおありでしょう。私は、お姿を見て声をおかけ したかったのですが気が引けて言えませんでした」。

明治以降、温泉の泉質や効能に関する研究が進み、西洋医学に立脚した温泉の利用法が付録普及されるようになりました。

エルヴィン・フォン・ベルツ博士

明治9年にドイツより招聘されたエルヴィン・フォン・ベルツ博士は、「日本公泉論」(明治13年発行)で伊香保について記述しています。博士は婦人科にかかわる病気や胃病などへの温泉の効用や、治療のための入浴法を入念に書き記しています。
また、伊香保の温泉街の環境や衛生についてのアドバイスを色々残してくれました。
これを受けて衛生環境を整えた伊香保温泉は、早くから保養地として政府や経済界の要人を迎えるようになりました。

 伊香保御用邸は、物聞山の中腹にあり、終戦後閉じられるまでは、避暑などで伊香保を訪れる皇族も多かったとのことです。

ハワイ公使別邸

エルヴィン・フォン・ベルツ博士

開国後、湿気の多い東京を避けて、避暑地として伊香保を利用する外国人が多くなりました。その中で、ハワイが独立国だった頃の日本駐在公使の別邸が建てられました。日本に残るハワイ王国唯一の建物です。駐日代理公使、ロバート・W・アルウィンは、日本・ハワイ移民協約を実現しハワイ移民の父とよばれています。

伊香保軌道線

伊香保軌道線

現在は廃止されていますが、渋川から伊香保まで、路面電車、いわゆるチンチン電車が開通していました。赤城山を背にしてゆっくりと進む路程は、素晴らしい景観から、登山電車として多くの利用客に愛されました。

東武鉄道伊香保軌道線:伊香保線略図

昭和のレジャーブームから現代

高度経済成長期

昭和のレジャーブーム波が訪れると、高度経済成長経済を背景にして、続々と鉄筋コンクリートの高層建築が建てられるようになりました。伊香保の宿は、完全宿泊の時代に入り、収容数も増大し、食に対応する機能、宴会ができる施設などを備え、大型化していきました。
現在は、旅そのものへのニーズの多様化、温泉を中心にした健康ブームなどに対応する旅館、ホテルへと変わってきています。

エルヴィン・フォン・ベルツ博士

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